なぜバイト感覚で強盗ができるのか、相次ぐ闇バイト事件のシステムを刑務所の精神科医が考察
昨年名古屋地裁で、異例の差し戻し審が行われた強盗殺人事件をご存知でしょうか。
この事件では2017年、80代夫婦を殺害して財布を奪ったとして強盗殺人罪に問われた40代男性が差し戻し前の一審で強盗殺人罪の成立を否定され、殺人と窃盗の罪で無期懲役となりました。
しかし、二審が「強盗目的を優に推認できる」として審理を差し戻し、最高裁も被告側の上告を退けたことでやり直し裁判が始まりました。
差し戻し審で検察側は「金銭に困窮した被告が借金返済のために強盗目的で犯行に及んだ」と強盗殺人罪の成立を主張し死刑を求刑、それに対し弁護側は「被害者を殺害後に金品を盗むことを思いついた」と述べ、強盗目的を否定。殺人と窃盗の罪による無期懲役が相当だと反論しました。
弁護側は「被告には軽度の知的障害があり、心神耗弱の状態にあった」として量刑に考慮することも訴えていましたが、最終的には「完全責任能力があった」と判断され盗殺人として死刑判決となりました。
(そもそも責任能力って何?なぜ罪が軽くなることがあるの?という話は過去記事で解説していますのでこちらをご覧ください↓↓↓)
さて、この事件では被告は殺人後に現金1227円が入った財布を持ち去っており、そもそも強盗を行おうという意思の下、殺人が計画されたのか、という点が争点となりました。
私はこの裁判を傍聴に行っていたのですが、この差し戻し審で精神科医の鑑定では軽度知的障害を持った被告が「強盗」と「殺人」という困難な二つのタスクを同時に目的として持ち、達成することが可能であったのかという問題提起が行われました。知的障害という疾患一つをもってして、複雑な複数タスクの行動が不可能と判断することは当然できず上記判決に至ったわけですが、この裁判で私は「強盗」と「殺人」という二つのタスクを目的をもって達成することの難しさを改めて考えさせられました。
この事件の報道ではこの論点についてはそもそも話題にも上がりませんでしたし、昨今、多発する闇バイトによる強盗殺人事件においてもコメンテーターなどのコメント、政府、警察の対策、どれをとっても犯人たちの能力と実行された罪のミスマッチについての言及、考察はなく表面上のものになっています。
知らない人も多いかと思いますが「強盗殺人」と「殺人」「強盗」の間には量刑で大きな差異があり、強盗殺人は前述の事件のように非常に重い罪に問われます。
しかし、その差異すら知らない若者たちが、なぜそのような複雑な計画性を要する罪を達成することが可能となったのか、考察していきたいと思います。
今回は久々に昔noteで書いていたような、エネルギッシュな書き散らしをしてみました。
直接精神医学や心理学とつながらないところもあるかと思いますが、医療刑務所で精神科医として5年勤務し多くの犯罪者と向き合ってきた人間の一意見として読んでみていただければと思います。
なお、冒頭で述べた事件においては、差し戻し審での判決を不服として被告側が控訴し、2024年1月18日に名古屋高等裁判所で判決が予定されていましたが犯人は膵臓癌により判決前に逝去。名古屋高等裁判所は2024年1月9日、裁判を取りやめる公訴棄却を決定しました。
この記事は29日火曜配信分のものです。社会情勢を鑑み、予定を変更し前倒し配信しています。
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