〜死生観と延命について〜精神科医が解説
死はすべからく不幸である。
そんな風潮が我が国にはあります。
ニュースではアナウンサーが有名人の訃報を伝えるたびに、不幸そうな顔を浮かべますし、社会ではみな親族が亡くなるたびに「身内の不幸が」と慎ましく語ります。
死ぬ権利、安楽死が認められる国々も増えてきている中で、未だにそんな話は忌避され、終活のために話題にしようものなら「縁起の悪いことを言うな」と眉を潜められます。
QOL、リビングウィル、健康寿命、終活
生き方、死に方関してお洒落な言葉が飛び交う現代においてもなお、死に方に関して「人生会議」を提起した小藪さんのポスターが各種団体から批判を浴びて炎上したのは数年前のことです。
今回は認知症病棟で高齢者をお看取りする機会も多い精神科医が、死生観や延命についてどう考えているのかを語っていきます。
このレターでは、メンタルヘルスの話に興味がある、自分や大切な人が心の問題で悩んでいる、そんな人たちがわかりやすく正しい知識を得ていってもらえるよう、精神科専門医、公認心理師の藤野がゆるくお届けしていきます。有料会員になるとなんと80本以上の過去記事も全て読み放題。是非是非登録して読んでみてください
「不幸」というのは誰が決めるのか
さて、僕ら医師というのはその「不幸」に最も出会う職業の一つではないかと思います。では、
・予期せぬ事故により若干30歳で突然命を絶たれた方
・100歳を超え、大往生を迎えた方
さぁ、どちらが不幸でしょうか。
そもそも不幸は他人と比べるものなのか?と言う考えは別として、多くの方は前者と答えるのではないでしょうか。これは周囲が亡くなった人の状況から判断して、気持ちを慮った結果推測されるものです。
しかし、正解は当然わかりません。
前者は死ぬにはいい日だと思いながら死んだかもしれないし後者がまだ死にたくない、と震えながら死んだかもしれません。
長生きをすると不幸ではなくなるのか?
胃瘻や人工呼吸器、様々な管に繋がれて生きながらえることの是非についてはネット上でも定期的に議論が繰り返されます。
食事が取れなくなった際に胃瘻を作ってまで生きたいか?
そう問われると多くの人はNoと答えますが、いざ家族のこととなると悩む方が少なくありません。