医療刑務所で働き感じた世間のズレ
私はこの6年、精神科医として常勤で務める病院に加え、週一回、片道50kmの道のりを非常勤医師として医療刑務所に通いました。
先日、最後の勤務日を迎えたため、この貴重な経験を通して感じたことをここに綴ってみようと思います。
刑務所の話は興味がある人が多い割には、ブラックボックスとなっている面があり、みな偏り限られた知識で分かったようなことを語ります。
メディアに出ている自称有識者ですら刑務所のことをよく知らずに語っていることがとても多く、そのコメントに流された人々がまた間違った知識で物事を議論するので終わりがありません。
先日メディアで刑務所が取り上げられた際もX(旧Twitter)上では「刑務所がリハビリ施設と化している」「税金でこんな手厚い医療を提供するのはおかしい」なんてポストが飛び交っていましたが、いざ犯罪者の再犯が起こるとみな「刑務所でしっかりカウンセリングを」「刑務所で依存症治療を」などとダブルスタンダードを振りかざします。
また、医療面だけでなく食事や生活環境についても、同じような反応をよく目にします。
「シャバでも満足に食べられない人もいるのに」「寝床のない人が刑務所に入りたくて事件を起こすようになる」と。
言ってることがまったく分からないわけではなく、実際に的を射ている部分もありますが、現場をみている立場からすると、前提から間違っている部分もたくさんあります。
今回は私が働いていた医療刑務所について、書いていきます。
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一般刑務所と医療刑務所は、まったく別の場所である
まず、刑務所について語っている人の多くが知らない大前提として、一般刑務所と医療刑務所は医療面において、全然別の施設であるという点です。
以前、私が医療刑務所での経験について発信していたとき、刑務所で非常勤をしたことがあるという医師から、「刑務所の医者なんて、ほとんど患者と関わらないのに知ったようなことを言うな」と言われたことがあります。
けれど、これは一般刑務所と医療刑務所の違いが理解されていない典型です。
一般刑務所では、基本的には健康な受刑者が生活していて、必要なときだけ医師が診察をします。いわば学校の保健室に近い形で、医療が必要でない受刑者は、医者と深く関わることはありません。
一方で、医療刑務所はまったく異なります。
そもそも医療刑務所は医療が必要で、一般刑務所では対応が難しい人たちが移送されてくる場所ですから当然ながら、そこにいる人のほとんどが患者さんです。
そう、世間の人々が手厚い医療と言っている一般刑務所よりも、さらに医療が必要な人が多くいるのが医療刑務所な訳です。
医療刑務所では何が行われるのか
私自身、6年間の勤務のうち、最後の1年を除く5年ほどは、ほぼすべての新入者の初診を行い、診断をつけていました。この診察においてやることは実は市中の精神科の初診とほとんど変わりません。
むしろ、クリニック外来のように時間に追われず、必要があれば必要なだけ問診をすることができますので、かなり詳細な情報を手に入れることができます。
もちろん暴れる人や疎通がとれない人も多くいますが、それも市中の病院と変わりません。むしろそういった人の診察でも刑務官がついてくれますので、市中より安心して診察が行えるかもしれません。
そして私が働いていた医療刑務所には、とてもしっかりした常勤の精神科医が数名いて、脳波検査なども行うことができました。病院に勤務している精神科医であってもきちんと脳波を読める医師は決して多くないと思いますが、刑務所では心因性非てんかん性発作のような症状を示す人も少なくなく、これは実は大事な検査になります。
もちろん使える薬は限られていて、古い薬が中心になることもありますが、やはりそれでも、世間が想像している以上にかなり手厚い治療が行われているのではないかと思います。
医療刑務所における疾病利得
そしてこの環境が、世間が懸念するように、時に難しい問題を生むこともあります。
それは、社会の中で暮らすより医療刑務所のほうが快適に過ごせてしまう人がいることです。
世間では一般刑務所についてすら「快適すぎると再犯して戻ってくる人がいるのではないか」と心配されることがあるわけですが、医療刑務所は、そこにさらに医療的な手厚さが加わります。