〜正常性バイアスとカリフォルニアから来た娘〜精神科医が解説
先日、映画館で劇場版「鬼滅の刃 無限城編」を観てきました。
数年前に鬼滅の刃のアニメが流行りだした頃、私はちょうど児童精神科の外来をやっていたのですが、主人公炭治郎の家族が鬼に襲われる話の影響で親との分離不安が出たという子供が少なからずいて、いったいどれほどのものかと思って漫画を読み始めたのを覚えています。
そうでなくてもあの時期は本当に多くの児童が鬼滅の刃の話をしていましたが、もうそれから5年以上経つそうで当時の小学生は下手したら高校生になってしまっているわけですね、時の流れの速さに圧倒をされます。
そんな感慨深い気持ちで今回の映画も見ていたのですが、今回とくに胸に響いたセリフがありました。
「好きな人や大切な人は漠然と明日も明後日も生きている気がする。それはただの願望でしかなくて、絶対だよと約束されたものではないのに、人はどうしてか、そう思い込んでしまうんだ。」
これは原作漫画でも記されているセリフであり、漫画を読んだ際にも心に残っていたのですが、今回改めて映画館このセリフを聞き、強く心を打たれました。
映画を見ながら次のメルマガはこれにしよう、と心に決め(←映画に集中しろ)熱いテンションで今書いているので今回は少し熱量のある記事になっているかもしれません。
私たちは、大切な人が「明日も元気でいる」ことを当然のように信じています。しかし、それは保証された未来ではなく、しばしば医療現場ではそれによるトラブルも生じます。
今回は正常性バイアスとカリフォルニアから来た娘についてです。
このレターでは、メンタルヘルスの話に興味がある、自分や大切な人が心の問題で悩んでいる、そんな人たちがわかりやすく正しい知識を得ていってもらえるよう、精神科専門医、公認心理師の藤野がゆるくお届けしていきます。是非是非登録して読んでみてください。
そもそも正常性バイアスって?
心理学の世界には「正常性バイアス」という言葉があります。
災害や事故などの危機的状況において、自分にとって都合の悪い情報を無視して「自分だけは大丈夫」「大したことない」と無意識に思い込んでしまう傾向のことです。
災害心理学などで用いられることが多く、日本でも東日本大震災の際に津波警報に対しこのバイアスが働いて逃げ遅れてしまった人が多くいたのではないかという話題がニュースで多く取り上げられました。
昨今では緊急地震速報をはじめとして様々な警報がスマホにも届くようになりましたが、実際にそれが鳴り響いてもチラッと見るだけで、そのまま仕事を続けてしまうなんて人も少なくないのではないでしょうか。
警報が出ても「この地域には来ない」と考えてしまったり、「大袈裟」だと思い込んでしまったり。
昨今では何か事件や事故が起きている真横で、巻き込まれることを考えずにスマホで動画を撮影している人を多くみます。これもそれだけ身近で起きている異常であっても自分の身にはまさか降りかかってこないだろうというバイアスのなせる技です。
大切な人との関係でも同じです。
「まさか明日急に倒れるなんてことはないだろう」「きっとこの先も元気でいてくれるはずだ」
そう信じることが心の安定には役立ちますが、現実は突如として牙を向きます。
医療現場でよく遭遇する「カリフォルニアから来た娘」
みなさんはカリフォルニアから来た娘症候群という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
症候群と呼ばれていますがもちろん病名でもなければ、もちろん実際にカリフォルニアからくるわけでもありません。
要はある日突然遠方から現れ親族や医療現場をかき乱していく人々がこう呼ばれているのですが、いったいどういうことなのでしょう?
特に高齢者などの終末期医療においては、どういった最期を迎えるかということがとても大切になります。死に様は生き様なんて言葉もあるほどですから、我々医療者もご家族もご本人の意思をなるべく尊重しつつ近くで支えてきたご家族が大切な方の死を受容しやすいように治療方針を相談し考えていきます。
そのため多くの病院では患者さんの入院に際しキーパーソンを設定し、その方に病状説明を行います。もちろんキーパーソンの方の許可があれば、そこに他の親族の同席なども行われますが次から次に現れる親族一人一人にそれぞれ病状説明をしていてはキリがありませんし、それぞれの方で希望が異なった時にも困ってしまうためそういった方式が取られるわけです。
しかし、こうして方針が定められ、皆がその方向を向いている時に突如として現れるのがカリフォルニアから来た娘です。