睡眠薬で認知症になるって本当!?精神科専門医が解説
「満足のいく睡眠を取れていますか?」
そう聞かれて胸を張って同意できる人は、どれほどいるでしょうか。
この大ストレス社会、不眠は決して珍しい悩みではなく、むしろ多くの人が日常的に抱えている問題の一つです。
そしてそれは若者に限った話ではありません。
高齢者では、加齢に伴う睡眠時間の短縮や中途覚醒の増加により、「眠れない」「途中で目が覚める」と訴える方が少なくありません。
また、高齢化が急速に進む社会において、認知症の予防が喫緊の課題であることも言うまでもありません。
こうした背景から、不眠と認知症の関係、そして不眠症の治療が認知症にどう影響するのかという問いにいま大きな関心が寄せられています。
その結果週刊誌では「不眠症の治療薬で認知症になる」「医者が絶対に飲まない薬」なんて不安を煽る話題が取り上げられ、患者さんの中にもそういった記事の切り抜きを持ってくる人が少なくありません。
お医者さんは製薬会社と癒着しているから真実を言えないんだろう、そう思っている人にも信じてもらえるよう本稿では特定の睡眠薬が認知機能に影響する可能性や不眠と認知症の関係などについて今わかっている最新のエビデンスに基づき嘘偽りなくその関係性を読み解いていきます。
このレターでは、メンタルヘルスの話に興味がある、自分や大切な人が心の問題で悩んでいる、そんな人たちがわかりやすく正しい知識を得ていってもらえるよう、精神科専門医、公認心理師の藤野がゆるくお届けしていきます。腰が痛い中ヒーヒー言いながら必死に書いています。是非是非登録して読んでみてください。
不眠と認知症の関連性
不眠症が認知症発症のリスク因子であることは、多くの疫学研究で示されています。
たとえば、2024年に発表されたWangらのメタアナリシス(さまざまな研究結果を統合し解析したもの)ではアルツハイマー型認知症(以下AD)の発症に関わる睡眠の特徴が調査され、その結果
ADの発症リスク上昇に「不眠」「睡眠時無呼吸」などの因子が関連していることがわかりました。
また、この研究では睡眠時間と認知症リスク、という観点から言うと短時間睡眠だけでなく、8時間を超える長時間睡眠もAD発症リスクだということが示されました。つまり、ADの発症リスクという観点からは睡眠は「短すぎても長すぎてもよくない」というのが現時点でこの研究結果からは語ることができそうです。
研究結果の解釈の困難さ
ただ、こういったメタアナリシスを解釈するときに注意が必要なのは、さまざまな研究をまとめて考えるがゆえにそれぞれの研究で定義された「不眠」というものの定義がバラバラではないかという点です。
一言で不眠と言っても我々が用いる診断基準でいう「不眠症」なのか、個人個人が実感している主観的な「不眠」なのかなどによっても当然結果は変わります。
なお、この研究ではきちんとした疾病分類の定義をもとにした研究も取り込まれており、それにおいても不眠障害と認知症発症が関連したことが示されています。
しかし、解釈に注意が必要な点はまだあります。
それは不眠そのものが認知症の前駆症状であった場合、すでに脳内で神経変性が始まってから睡眠の質が低下するケースもあるため、因果関係が証明できないということです。
めちゃくちゃ難しく書かれてもう嫌だ!
なんて人の声が聞こえてきそうなのでわかりやすく言います。
要は認知症は不眠の結果か、認知症のせいで不眠が出ているのかわからんということです。
もし認知症の人に初期段階として不眠が生じる、のであればその人はその不眠が出た段階で認知症になることが決まっていて、つまり不眠のせいで認知症になったのではない可能性があるという話です。
昨今認知症の前駆期には不眠が引き起こされる可能性が指摘されており、鶏が先か卵が先かはわからないという部分があるわけです。
ここまで読んだだけでもいかに物事の因果関係を証明するということが困難なものなのかわかってきたかと思います。それでも週刊誌は最も簡単に一部のデータをいいように使って端的に決め込んだ結果を伝えてきます。
ただ、不眠症と認知症発症リスクには双方向性の関連があるのではないか、というのが現在の一般的な考え方であり、睡眠状態の改善は行われるに越したことはありません。
さて、ここからは本題の不眠症の治療薬と認知症の話です。