「精神科入院から強度行動障害は対象外」報道を受けて ― 家族と現場のはざまで考える
「精神科病院での入院について、強度行動障害の人など治療効果の見込めない人を将来的には対象外とする考えを厚労省が示した。」
――昨日この報道が出たことで、SNS上では精神科医をはじめとする医療者、支援者、家族からさまざまな声があがりました。
「治療効果が見込めない人を対象外とするなら、次は認知症も対象外になるのではないか」
「行動療法など、介入できる余地はある。『治療効果の見込みなし』と切り捨てるのは乱暴だ」
「入院させないで訪問看護でどうするのか。家庭がつぶれてしまう」
こうした議論は、現代の精神科医療の役割、福祉と医療の境界線、家族の負担、そして社会がどこまで支えるのかという問題に直結しています。
この高齢化社会で膨れ上がる医療費が現役世代に保険料の増加として大きな負担を及ぼしている事実は無視できず、そういった議論において精神科における長期入院は槍玉に挙げられがちです。
では、精神科医や精神科病院は果たして本当に金儲けのために退院できる患者さんを無理やり入院させ続けているのでしょうか。
私は精神科医として病院や医療刑務所という現場に立つ中で、福祉と医療の境界線をいつも考え、そしてやるせない気持ちになります。
今日は強度行動障害というもの、そしてその治療の地域移行というものについても話をしていきたいと思います。
このレターでは、メンタルヘルスの話に興味がある、自分や大切な人が心の問題で悩んでいる、そんな人たちがわかりやすく正しい知識を得ていってもらえるよう、精神科専門医、公認心理師の藤野がゆるくお届けしていきます。是非是非登録して読んでみてください。
そもそも強度行動障害って?
まずここで「強度行動障害」について簡単に整理しておきたいと思います。
これは我々精神科医が病名をつける時にいわゆる診断基準として用いる、米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル:DSM5-TR などにおいて規定された「病名」ではありません。
厚生労働省によると
強度行動障害とは、自傷、他害、こだわり、もの壊し、睡眠の乱れ、異食、多動など本人や周囲の人の暮らしに影響を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こるため、 特別に配慮された支援が必要になっている「状態」である。
とされており、あくまで「状態像」であるとされています。
また同じ報告書の中には
強度行動障害にはさまざまな状態像が含まれているが、強い自傷や他害、破壊などの激しい行動を示すのは重度・最重度の知的障害を伴う自閉スペクトラム症の方が多く、自閉スペクトラム症と強度行動障害は関連性が高いと言われている。
自閉スペクトラム症は発達早期に存在する脳機能の違いであり、社会性の特性、コミュニケーションの特性、想像力の特性、感覚の特性等の特徴が見られる。こうした脳機能の違いに由来する特性に合わせた関わりや環境がないことで、 日々の生活に強いストレスを感じることや、見通しが持てずに強い不安を感じる状 態が続くことが要因となり、強度行動障害の状態になりやすい。
とも書かれています。
端的に言えば知的、発達の特性により世間の環境や周囲の支援がうまく合わず、日々の生活に強いストレスを感じたり、見通しがもてずに強い不安を感じる状態が続くことで強度行動障害が生じやすくなるという話です。例えば、
家具を壊す、夜通し叫び続ける、強いこだわりからどうしても服を脱いでしまう、自分の頭を叩いたり打ち付ける
こうした行動は、本人にとっては不可避なものである一方、家族にとっては安全確保や生活維持の面で大きな負荷となります。
そのため強度行動障害は、「特別な支援が必要な状態」として福祉サービス上で区分され、一定以上の状態にある児を受け入れ、一定の条件を満たす入所施設や放課後等デイサービス事業者等に対して、実施するサービ スの対価として行政機関から支給される報酬が加算されることとなっています。