PTSDをきたす心的外傷とは?精神科専門医が解説
昨今、PTSD(心的外傷後ストレス症)という病名をメディアなどでも目にする事が増えました。多くの人が他人のPTSDについて雄弁に語り、また「トラウマ」という言葉に至っては今や日常使いされています。
さて、我々精神科医の多くはアメリカ精神医学会が作成しているDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)、もしくはWHOの作成するICD(国際疾病分類)に基づき診断を行います。
これらのいわゆる「診断基準」は時代と共にアップデートされ、ICDにおいては2018年6月に世界保健機関(WHO)が第11回改訂版(ICD-11)を公表して2022年から発効され病名や死因などの記録・報告が行われるようになりました。
日本においては翻訳などが未完でありまだ十分実用に足る状況が整ったとは言い難い状況ですがICD11は発効当初から、ICD10で精神疾患の分類に属していた「性同一性障害」が「性の健康に関する状態」という新章に「性別不合」として組み込まれたことや「ゲーム障害」、そして「複雑性PTSD」が採用されたことで話題となりました。
そもそも児童期の虐待など、持続的反復的なトラウマ体験によってPTSD症状以外の多様な症状が出現することは長い間指摘されており、これまでにも診断項目への採用がたびたび議論されていました。
しかし、複雑性PTSDという概念に関しては多様な症状を来すがゆえに、きちんとした診断を行わねば多くの別の疾患が覆い隠され過剰診断になる可能性をはらんでいることも指摘されてきました。なんでも自律神経のせいにされてしまうのと同じように、なんでも複雑性PTSDのせいにされてしまう、そんな未来を憂いた私は2021年にこう予言しています。

その後も様々な芸能人や著名人が「複雑性PTSD」を公表し、まだICDの日本国内に向けた翻訳なども済んでいない段階で雑な診断をする医師が増えたり、自称「複雑性PTSD」を掲げるtwitterアカウント、またそういった人をカモにしようとする自称「複雑性PTSDに詳しいカウンセラー」なども増えました。
これによりさらに「トラウマ」という言葉の一般化、軽薄化が進み「PTSD」という病名自体もさらにライトに用いられるようになってしまいました。
病名が広く知られることは多くの人に精神疾患への興味を持ってもらうきっかけにはなりますが、本当にその病気で苦しむ方々にとって「わたしもそうだよ」「大袈裟じゃない?」なんて言葉をぶつけられるリスクにもなります。PTSDを抱える方の苦悩は、赤の他人が軽々しく口を出せるものではありません。PTSDは子供と大人では診断基準も変わってくるため、今回は大人(6歳超)のPTSDについてDSM5-TRに準拠して解説していきます。今回はPTSDをきたす「心的外傷」をテーマとし、次回の記事でその症状などについて解説します。
PTSDに関しての話題では図らずとも、誰かの心の傷に触れてしまうような言葉が記事中に出てくる可能性があります。心が不安定な時や調子を崩すことが心配な時は無理してこの記事を読む必要はありませんので、また心が落ち着き知りたいと思えた時にしんどくならない範囲でぜひご覧ください。
このレターでは、メンタルヘルスの話に興味がある、自分や大切な人が心の問題で悩んでいる、そんな人たちがわかりやすく正しい知識を得ていってもらえるよう、精神科専門医、公認心理師の藤野がゆるくお届けしていきます。寒くなってきて腰が痛い中ヒーヒー言いながら必死に書いています。是非是非登録して読んでみてください。